気管支喘息の本態は
気管支喘息は小児期に始まり、気管支が狭くなりゼーゼー・ヒューヒューいう病気で症状がよくなればそれでよい、と思っている方が多いのではないでしょうか。気管支喘息は1990年頃まではいろいろなアレルゲンによって引き起こされる気道の可逆的な収縮で発作的に呼吸困難が生じ、気管支拡張剤の吸入などによる治療や、自然経過で改善し、重症以外は発作がないときは無症状で放置することが多い疾患として捉えられていました。
90年代にはいり喘息が気道の慢性炎症(つまり気道の火事のようなもの)として捉えられてからは、喘息に対する基本的な管理のしかたが変わってきました。気道の慢性炎症というのは気道の表面を覆っている気道上皮が剥がれ落ち(ウイルス感染などで容易に剥がれ落ちます)、気道粘膜下に好酸球・肥満細胞などの炎症細胞が集まってきている状態です。それらの細胞にダニ・ハウスダストなどのアレルゲンが作用し、いろいろな化学物質を放出します。化学物質は気道を取り巻いている気管支平滑筋を収縮させ、気道粘膜下の血管に働き、水分をもらすことにより気道粘膜の浮腫(むくみ)を生じさらに気道を狭くします。さらに気管支腺に働き喀痰の増成を活発にします。以上の結果気管支内腔が狭くなり、痰が付着し呼吸がしづらくなるのが喘息の本態とわかってきました。
さらに気道粘膜下に集まった炎症細胞から気道上皮を破壊する物質も放出され、アレルゲンの刺激により慢性的に炎症を繰り返していることが判明してきました。その結果気道上皮のすぐ下にある基底膜という部分が次第に厚くなり、硬くなることにより気管支拡張剤によっても広がりにくい状態になってきます。この状態を気道の再構築(リモデリング)といい、この状態になるまえに何とかしようと治療に取り組んでいます。
気管支喘息の治療について
気管支喘息の本態が気道の慢性炎症とわかった時点で、治療として気管支拡張剤のみを使っても、気管支の周囲を取り囲む気道平滑筋という筋肉に作用して気管支を広げるだけで、慢性炎症が改善するわけでなく、逆に炎症の誘引になるアレルゲンを気管支を広げることにより多く吸い込むことにもなります。つまり気管支拡張剤のみですと最悪の場合気道の再構築が進行、さらに気管支拡張剤の効果も次第に弱くなってきます。
90年代に入り気道炎症を改善することが喘息の治療の理に合っているということで吸入ステロイド剤が治療の中心的位置を占めるようになってきました。当初ベクロメタゾン(アルデシン・ベコタイド)の吸入から開始になりましたが、直接吸入しても効果が少なく、吸入補助器の必要性、吸入指導の重要性が指摘されていました。また、気管支拡張剤の吸入薬と違い即効性はないためきちんと吸入ステロイド剤の必要性をきちんと教育する、患者指導の必要性も強調されてきました。その結果吸入ステロイドの使用量が増すにつれ喘息死が激減してきました。さらにドライパウダーによる吸入ステロイド剤のフルチカゾンが発売されてからは、吸入方法が簡便となり、吸入の確実性もアップし、ベクロメタゾン吸入に比べ改善率がさらに上昇し飲み薬の量も減少・以前入院を繰り返していた患者さんも入院することなくすごせるようになりました。入院患者数も激減にともない、研修指定病院の呼吸器病棟では必ず数人入院していた喘息患者さんが入院していない時期があるようになり、若いドクターが喘息の患者さんを経験しないで研修を終えてしますことがありえる状態になってきました。もちろんいまだにそのような治療を受けていない・指導を受けていない喘息の患者さんが数多くいらっしゃいますので、急患室では多くの喘息発作の患者さんが来院されています。
a. 吸入ステロイドについて
喘息治療の項目のところでお話したように現在喘息の治療には吸入ステロイドがファーストチョイスといってもよいほどの位置を占めるようになりましたが、開始する際、ステロイド剤ということで抵抗感のある方が非常に多くいらっしゃいます。吸入ステロイド剤は飲み薬のステロイド剤と違い非常に全身的な影響が少なく、現在主に用いられているフルチカゾン(フルタイド)やブデソニド(パルミコート)は口腔に残った分が消化管に吸収されても肝臓を一回通過するのみでほとんどが代謝されてしまいます。さらに近年キュバール・オルベスコといった非常に粒子径の小さいエアゾルタイプの吸入剤も発売され、効果的に気道に到達できるようになっています。小児の場合かなり多い量を用いると下肢長の成長の抑制が認められたという報告があります。また開始1年でやや身長の伸びが抑制されるも最終的には身長差はないとも報告されています。また、妊婦の場合できるだけ吸入ステロイドでコントロールすることも推奨されています(母体が喘息発作を起こすことにより胎児が低酸素血症に陥る方が悪影響が出やすいといわれています)。また2002年の小児喘息長期管理に関する薬物療法プランでも2歳未満から、軽症持続型に当たるステップ2から吸入ステロイドを少量で考慮すると記載してあります。ステップ3の中等症持続型ではファーストチョイスが吸入ステロイドとなっています。6歳以上では軽症持続型に当たるステップ2から吸入ステロイドがファーストチョイスとなっています。
実際小学生で息苦しいのを我慢させられているのが多いようです。成人と同じようにすぐに吸入ステロイドを用いる必要はないかもしれませんが、もう少し吸入ステロイドを使ってみると体育のときや、学校を休まなくてもよくなるのではないかと実感しています。
b. 気管支拡張剤について
気管支拡張剤については昔から発作止めのスプレーとして交感神経ベータ刺激剤という薬剤(サルタノールインヘラー・メプチンエアーなど)が使用されています。現在も発作時に用いていますが、気管支を拡張する作用のみで気管支の炎症を止める作用はほとんどありません。そのため一時的には効果が見られますが、喘息の状態が悪くなってくると炎症状態のところにアレルゲンをさらに加えることになり、悪循環が始まります。そのため多くの喘息の若者が気管支拡張剤のスプレーを手にしたまま息絶えるという悲惨な現象が生じていました。現在は吸入ステロイドをベースに使うことにより、ベータ刺激剤を使わなくてもよい状態になるように指導しております。もちろんベータ刺激剤を使うなということではなく、使用回数を減らし、もし使用回数が増えるようなら、吸入ステロイドの吸入回数を増やすという指導にしております。多くの患者さんにはお守りとして持っていてもらっています。理想は使用期限までほとんど使わなかったという状況です。
気管支拡張剤のスプレーの中には全身吸収するステロイドとの合剤になっているものがあり、非常にやめにくいため、注意が必要です。
最近ドライパウダーで長時間効果のあるベータ刺激剤サルメテロール(セレベント)が発売されており、喘息状態の悪い方、肺気腫・COPD(慢性閉塞性肺疾患)の方に非常によい効果を呈しています。この薬剤は今までのベータ刺激剤の副反応である動悸・手の振るえといった交感神経刺激作用が少なく、比較的安全に用いることができます。いままで朝・晩気管支拡張剤のネブライザーをせねばならなかった方が、セレベントのおかげで自由な時間が増えてきています。
小児に処方されることが多い長時間作動型の気管支拡張剤としてツロブテロールテープ(ホクナリンテープなど)があります。成人量2mg用いますと、 多くの女性で手のしびれ・動機が強く出現することがあります。
吸入ステロイド+長時間作動型β刺激剤について
近年吸入ステロイドに長時間作動型β刺激剤(気管支拡張剤)が加わった製剤が発売され、喘息の吸入療法が非常に簡便になりました。
アドエアはディスカスという形でカウンターもはっきりしており、吸気速度もそれほど強くなくても十分吸入可能な器具で作られております。吸入ステロイドのフルタイド量で100・250・500の製剤を選ぶことが可能で、長時間作動型の気管支拡張剤サルメテロールは50μと固定されています。同時に吸入することにより、同部位に作用する可能性が高く、別々に吸入するときよりも効果が高いと言われています。
シムビコートは吸入ステロイドのパルミコートに、長時間作動型の気管支拡張剤のホルモテロールを加えた製剤です。アドエアとの違いは吸入ステロイドと気管支拡張剤を同時に増量できることと、発作時に屯用で使う事も可能な点です。一般的にはシムビコート 2吸入がアドエア250 1吸入に相当すると言われています。アドエアよりも吸気流速が必要なため、きちんと吸入できているかどうか確認が必要です。
c. テオフィリン製剤について
テオドール・テオロング・ユニフィルなどの経口剤・点滴ではネオフィリンとして有名な薬剤です。小児は今でもはじめから用いていますが、成人では吸入ステロイド剤の補助薬となってきています。米国では最もコントロールの悪い場合のみ用いていますが日本では現在も用いています。特に呼吸器専門医でない場合、喘息と思われた患者さんにはファーストチョイスで用いられているようです。
この薬剤は値段も安くとてもよい薬ですが気管支拡張作用を得られる血液中の濃度と心臓などへの副作用を生じる濃度とが近く米国では敬遠されています。日本でも10年前は一日中テオフィリンの血液中濃度をきちんと気管支拡張作用の出る濃度に保つようにかなり多い量で用いられてきました。現在はテオフィリンの別の作用として、弱いながらも気道の炎症作用を改善する効果があることがわかってきており、少量投与の患者さんも増えてきています。(以前は気管支拡張作用が十分とは考えられない少ない量でも効いているとしか思えない患者さんが存在し、疑問でした)
ただしテオフィリン製剤は直接の消化管作用があり、初めて服用する方は、半数以上胃が痛い・食欲がなくなったなどの消化器症状を訴え、飲むのをやめてしいます。飲み方としては必ず胃粘膜保護剤と一緒に食直後に服用すること・場合によってはご飯と一緒に食べる感じで服用してもらうことが副作用を予防する大切なポイントです。
d. 抗アレルギー剤
喘息用の抗アレルギー剤と名がつくものが多く発売されましたが、値段が高い割りに効果が少ないものが多く、抗ヒスタミン作用を持つものは喘息の患者さんの70〜80%がアレルギー性鼻炎を合併するためにある程度の効果を認めましたが、吸入ステロイドに勝るものはありません。ただし、最近無自覚な後鼻漏の人が多く、気管支だけでなく、鼻炎も改善させないと咳が止まらない人がとても多くなっています。その際抗アレルギー剤(エバステル・ジルテック・アレジオン・クラリチンなど)の併用が大切になってきます。ただし抗アレルギー剤は薬価が高いため、当クリニックではなるべくジェネリックを処方するように心がけております。
抗ロイコトリエン剤(モンテルカルスト・プランルカスト)は以前の同種の薬剤と異なり、吸入ステロイドで不十分な点を補う効果があり、中等症以上の患者さんには期待できる薬剤です。吸入ステロイドが気道の内壁の炎症を改善しますが、抗ロイコトリエン剤は気道の外側の炎症を改善させる効果があります。鼻炎にも大いに効果があり、長期使用による喘息の改善が期待できます。
喘息治療の目標
喘息治療は火事になってしまった気管支をぼや状態に鎮めるのではなくできる限り消火して、普通の人と同じように生活ができ、仕事・学校生活・社会生活、さらに旅行・スポーツがができるようにすることを目標にしています。米国のオリンピック選手の喘息の既往・薬剤の使用状況は毎オリンピックごとに調査があります。種目によっても異なりますが、10〜20%のアスリート達が過去に喘息の診断を受けたり、喘息の治療薬の使用経験があると報告しています。冬のオリンピックではさらにパーセンテージがあがります。
これらの事実から患者さんにはオリンピック選手だって喘息の選手がいてメダルを取っているということをお話し、十分に日常生活を楽しむことができると元気づけています。